世界の旅と地図
(現在、 482 件登録されています!)
地図表示
カテゴリ一覧
- 中央ヨーロッパ 【ドイツ,スイス,ハンガリー,スロバキア,オーストリア,ポーランド,チェコ】 (53)
- 西ヨーロッパ 【イギリス,フランス,ベルギー,オランダ】 (29)
- 東ヨーロッパ 【ブルガリア,セルビア,モンテネグロ,クロアチア,ボスニア】 (16)
- 南ヨーロッパ 【イタリア,バチカン,モナコ,ギリシャ,スペイン,ポルトガル,マルタ,サンマリノ】 (72)
- 北ヨーロッパ【アイスランド】 (3)
- 東アジア 【韓国,台湾,中国】 (51)
- 東南アジア 【フィリピン,シンガポール,マレーシア,タイ,ラオス,カンボジア,ベトナム】 (90)
- 南アジア 【モルディブ,インド,ネパール】 (22)
- 中東 【UAE(アラブ首長国連邦), ヨルダン,イスラエル,トルコ】 (44)
- 北アフリカ 【エジプト,モロッコ】 (18)
- 南アメリカ【ブラジル パラグアイ アルゼンチン ボリビア ペルー コロンビア】 (40)
- 北アメリカ【アメリカ メキシコ】 (44)
- オセアニア【オーストラリア】 (1)
| 並び替え | | | タイトル | | | 日時 | | | ヒット数 |
| | 現在の並び: ヒット数 (低→高) |
店主はあんまり愛想がないけど、部屋はまあまあ良かった。ただ少しドアの木の臭いが嫌だった。熱々のホットシャワーも出た。Wi-Fiはロビーのみでないに等しいぐらい遅い。
ワットチェンマンというチェンマイで1番古いお寺の裏にある。建物は古いが掃除は行き届いてる様でまあまあ清潔だった。スタッフが超気さくで宿の雰囲気が良く感じた。
料金が安く、朝食のタコスが日替わりでこれがうまい!オーナーのおっちゃんはテンションが高いけど気分屋で3日目の朝食は終了時間の10分前にお願いしたらもうダメだと言われた。しかも朝食は8時から9時までの1時間のみ。気分屋なので最終日は遠出するから宿を閉めると言って荷物を預かってもらえなかった。でも綺麗好きなので毎日掃除している。居心地も良かったので...
ドイツ ローテンプルクです。ケーテ・ウォルファルト(Kaethe Wohlfahrt)と言って、一年中クリスマスの様相でクリスマス用品を販売している店の本店、クリスマスビレッジです。目印は店の前に置かれたこの赤い自動車です。観光客がひっきりなしにこの自動車の前で記念撮影をしています。中には英語で撮影が終わったらすぐに場所を開けろみたいなことを言う人種もいました...
ブラチスラバ駅から徒歩10分ぐらいの場所にある。敷地内で10匹以上の兎を飼っている。建物は新しくないけど、部屋やバスルームは汚くない。オーナーのじいちゃんが親切で次の都市への安い行き方などを教えてくれる。部屋でのWi-Fiは繋がりにくい。共用スペースでは部屋より繋がりやすいけどすぐに切れる。
メキシコ グランセノーテ近くの屋台レストランで腹ごしらえを済ませ、約200kmの道のりを走り続けて目的地のチチェン・イツァーに到着。入場料は2000円以上という強気です。メインがピラミッドなんですが、それがこれ。なんか入場料が高いわりに大した事ないなーとか思ってたんですが、このピラミッドはめちゃくちゃすごいものなんです。何がすごいかはカズさんに説明し...
ゲストハウスではなくホテルだった。ここ数年の間にできたホテルなので全体的にかなり清潔。ただ最寄り駅のスティサン駅から15分ほ どの距離がある。屋上にはプールがあり無料で利用できる。暑い中プールに入って見るバンコクの景色は最高だっ た。wifiは一定時間経つと切れてしまい、再度入れなおさないといけないのが少し面倒。
メキシコ プラヤデルカルメンの後に拠点にしていたトゥルムはカンクンから約130km南にある街です。トゥルムもカンクンやプラヤデルカルメンと同様、ユカタン半島の海岸沿いにあります。この街で泊まった宿はHostal Morayta House 2015年1月にできたばかりの新しいホステル。初日は僕らしか客がいなかったので16人ドミトリーの半分を半個室として使わせてくれた。ベッドはカーテ...
中心街に近く、外観は異人館のようで超お洒落。高級ホテルかと思ったけどドミトリー399バーツという看板が出ていたので泊まってみた。数年前にリニューアルしたようで内装もめっちゃお洒落で映画のセットの様だった。実際、レオナルドディカプリオ主演THE BEACHの映画で使われたことがあるらしい。部屋も綺麗し共有バスルームは冷房完備でもちろんトイレシャワー別で掃...
「パーイ ・メモリアルブリッジ」第二次大戦中に、日本軍は連合国側から中国への補給路(援蒋ルート)を絶つためにインパール作戦を行いますが、その際にチェンマイからメーホンソーン方面への行軍や輜重輸送を目的として、日本軍が現地の労働力を動員してここに橋を建設したらしい。1度日本人がこの橋を壊しましたが、住民がとても不便になり自分達で同じ橋を建てたそ...
