蝦夷共和国(五稜郭)

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なし 蝦夷共和国(五稜郭)

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◀前の投稿 - 次の投稿▶ | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2026/5/26 11:13 | 最終変更
タツ  管理人   投稿数: 2579
フェイスブックに五稜郭の写真が掲載されていたので興味を持ち調べてみました。江戸時代の終わりに江戸幕府は反幕府勢力討伐のため新選組(1863年3月京都で結成)を設立しました。最終的に明治政府によって解体(1869年)されましたが、最後まで残ったものは、北海道に渡って、旧幕府、徳川家の家臣救済のため、また、ロシアからの防衛のため明治政府とは別の民主的な政府を作ろうと函館で蝦夷共和国(五稜郭)を創設しました。その中心となったのが榎本武揚や土方歳三等々(非常に有能な人物が含まれていた)であったとされています。

明治政府が蝦夷共和国の存在を許可しなかった最大の理由は、天皇を中心とした「一国一統(中央集権国家)」を目指す新政府にとって、国家の分裂を意味し、一国二制度は絶対に認められないことだったからです。実際に平和的な解決をと試みたようですが、結果的には双方の武力衝突となり蝦夷共和国は圧倒的な武力差で125日で崩壊しました。現在の歴史的評価ではこれは正解だったと評価されています。

一番の疑問は蝦夷共和国の資金はどう調達していたのかという点です。つまり持続可能な資金調達方法を確立していたのかという点です。主要な産業もなく、江戸から持ち出した18万両(約180億~350億円)は、武装資金として切り崩せばそれで終わります。あとは市民からの税金ということになり人数も少ないことから重税になります。恐らく市民からすればそれで安心、安定した生活が得られるのかという疑念を持っていたと思われます。仮に明治政府が蝦夷共和国を認めていたとしても持続可能な政権体制を維持するのは無理だったと思われます。

現在、沖縄にも琉球独立論者が少なからず存在します。恐らく明治維新の琉球独立論者であれば中国からの防衛に備えて創設するというでしょう。しかしながら、防衛力、経済力、主力の産業、何よりも持続可能な政権体制を確立できない限り琉球独立論は妄想以外の何物でもありません。
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