常識という大きな錯覚

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 | 投稿日時 2010/5/13 21:39 | 最終変更
タツ  管理人   投稿数: 2076
常識とはなんだろう????
社会での常識はともかく、自分の中でこれは常識だという考えが実はそうではないということがあります。そもそも、この常識というものは一体誰が作るのかというと意外と本人が勝手に思いこんでいることが多いのです。自分が知っていることは誰もが知っているだろうという錯覚です。

どのようにして作られるかと言うと、いつものことだから、誰でも知っていると錯覚してしまうのです。つまり、その人が恒常的に利用していること、行っていること、よく使っている言葉などが本人にとっていつのまにか常識となってしまうのです。

時には、その身勝手な常識というものを他人が知らなければ、その人間を見下すということもよくあることです。これはある意味、大きな錯覚でしょう。特に専門用語、外来語などを常に使うような環境下であれば、特に顕著だと思います。

例えば、コンプライアンスという言葉が近頃ではよく使われます。メディアでもよくつかわれる言葉です。意味は法律や規則などのごく基本的なルールに従って活動を行うこと。なのですが、これを法令、規則を順守することと言えばだれでもわかることですが、敢えてコンプライアンスという言葉で表現するのはなぜでしょう。

コンプライアンスという言葉を日常茶飯事に使っている人間にとってはなんとなく意味がわかることですが、初めて聞く人間にとってそれは常識でもなんでもないのです。知らない人間を常識がないとするのは大きな錯覚です。普及もしていない外来語を常識の範囲に収めること自体無理があります。

これと同じように日常茶飯事に行われていることが果たして良いことかどうか吟味もせずに常識と考えていることは大きな錯覚です。常識とは良識を備えたうえで、自分も全く関係のない他人も知っていることこそ常識と言えるのです。
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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/10/10 7:43 | 最終変更
タツ  管理人   投稿数: 2076
「皆がそう言うてる。。。。」
この言葉を利用して主張する人がよくいます。これはある意味たいへん面白い。裏を返せば、

・本当は自分の意見が正しいかどうか大きな自信はない。
・周りの大多数がそう思っていると勝手に思い込むことで正当性を主張している。

つまり、主張に自信はないが、大勢の力を借りて自分の正当性を主張するという1つの手段なのです。これも自分の周りの狭い世界から生み出された1つの常識というものではないでしょうか。ただ、広い世界での常識が皆同じであれば、意見の違い、争い事が起こるわけがないと私は思います。
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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2020/4/21 20:08
タツ  管理人   投稿数: 2076
近頃は比較的匿名性が高く、自分を主張しやすいということもあってSNSなどでは他人を威圧的に批判するコメントが増えているような気がする。自分の常識は皆の常識と勘違いしている人が多いのではないだろうか。また、違う意見は威圧的なコメントで潰そうとする。一体その先には何があるのだろうか。

そんな中で、一番欠けていることはたとえ相手がどんな人であろうと違う意見を持つ人に対しても敬意を払うということではなかろうか。これが民主主義というものでは。
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