共産主義思想の変遷から見る日米の開戦・終戦と現代日本の主権危機

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2026/10/12 14:50 | 最終変更
タツ   管理人   投稿数: 2616
日本が開戦に踏み切った要因
1941年、日本がアメリカとの戦争(太平洋戦争)に踏み切った理由は、「原油問題」「国際社会からの孤立」「共産主義思想による影響(陰謀論を含む)」のすべてが複雑に絡み合っています。どれか一つが原因ではなく、これらが連鎖した結果、当時の日本政府が「開戦以外の選択肢がない」と追い詰められていきました。

この中の1つ共産主義思想による影響という観点からこの開戦、終戦を考えてみました。日本がアメリカに対して戦争に踏み切った決定打はアメリカが日本に突きつけたハルノート(最後通牒)というものでした。その内容は、「中国や満州から完全に撤退せよ」という極めて厳しい要求で、日本側はこれを「これまでの犠牲をすべて無駄にして降伏せよという意味だ」と捉え、外交交渉での解決を断念しアメリカに対して戦争に踏み切ったということでした。しかし、この「ハル・ノート」の原案を作成したアメリカ財務次官補のハリー・ホワイトが、実はソ連の協力者(スパイ)であったことがアメリカの機密文書(ヴェノナ文書など)の公開により判明しています。ただ、ハリー・ホワイトの原文そのものではなく修正が加えられたとはいうものの土台となったことは事実です。

当時、日本は敵国をアメリカか、ソ連かに判断が分かれていました。さらに日本の政権近衛文麿のブレーンの中枢にも尾崎秀実(元朝日新聞の記者)をはじめ多くのマルクス主義者(共産主義シンパ)が入り込んでいました。それにも関わらず、時の政権、近衛文麿政権は、開戦を避けるための模索を続けていました。これは、ソ連のスパイにも流されず、政権がしっかりしていたとも考えられます。しかし、早期の開戦(戦争)を主張する陸軍(東條英機陸相)との対立が解消できなかった為、政権交代となり、次の東条英機政権になり開戦に踏み切ることになったのです。考えようによっては、ある意味スパイ尾崎秀実の逮捕は開戦を渋る近衛文麿政権を潰すための1つの口実だったかもしれません。いずれにせよ、戦争に至った要因の1つとしてソ連がスパイを使ってアメリカと日本が戦争するように仕向けたとも解釈できます。改めて共産主義思想によるスパイの重要な役割に驚かされます。

日本が敗戦までに至る時系列
当時、日本国内では如何にも戦争に勝利した報道がなされていましたが、実際は追い詰められていました。日本のジャーナリストは明らかに知っていましたが、国の政策によって追い詰められているという報道をすることができませんでした。実際に真実を報道しようとして弾圧され、獄死に追い込まれた記者も存在しています。しかしながら、戦闘が段々と日本に近づいてくることからうすうす国民は気づいていたと考えられます。

さらには、1945年2月にはヤルタ会談で日本の領土をどう分配するかをソ連を中心にアメリカ、イギリスが会談し密約を行っています。この時も既に当時ルーズベルト大統領の側近でありこのヤルタ会談にも同行したアルジャー・シス(国務省高官)は外交部門における大物スパイだったことがヴェノナ文書にて明らかにされています。つまり、開戦、終結において、明らかにソ連が最も有利になるようにスパイに誘導されていたというのが真相です

時系列による日本の開戦と敗戦
1941年4月:日ソ中立条約制定 1946年4月まで有効(条約を破棄するには前年に不延長申告が必要)
1941年11月:アメリカが日本にハルノート(最後通牒)を手渡した
1941年12月:アメリカと開戦 日本側の不手際により宣戦布告が遅延
1944年10月:レイテ沖海戦で日本海軍の主力艦隊が壊滅し、アメリカは制空権・制海権を取得。従って日本へほぼリスクなしに攻撃可能になりました。
1945年1月:アメリカは日本に対して一般人も含めた攻撃(テロ攻撃)に方針転換する。
1945年2月:ヤルタ会談(ソ連主導でイギリス、アメリカの三者で領土をどう分配するかを決定)このヤルタ会談以降日本の領土へ一般人も含めた攻撃が激化します。東京大空襲等々地方にも
1945年4月:沖縄上陸(沖縄戦開始)
1945年5月8日:ドイツが降伏(ヤルタ会談ではドイツが降伏した日から2か月~3か月までに日本への領土侵攻を開始することになっていました。つまり8月8日までに行動を起こさなければならないことになります。)
1945年7月:アメリカの原爆が完成
1945年8月:日本に原爆を投下
1945年8月8日:ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し日本へ領土侵攻を開始。(ドイツが降伏して丁度3か月後)対日参戦とアジアへの進出: 1945年8月8日、日ソ中立条約を破棄して日本に宣戦布告(奇襲を仕掛けた)しました。満洲、朝鮮半島北部、南樺太(サハリン)、千島列島へ侵攻し、日本の降伏後(8月15日以降)も攻撃を継続してこれらを占領しました。これにより、ヤルタ会談での密約通りに南樺太や千島列島(現在の北方領土含む)を自国領へと編入しました。
1945年8月15日:終戦 武装放棄した後もソ連の攻撃が続き日本本来の領土北方領土を占領。
1945年9月2日:GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって占領された

これを見る限り、開戦においては日本もアメリカも戦争をソ連に仕掛けられ、また、終戦においてはソ連が有利に領土分配をできるようなヤルタ会談を行い、世界から何の文句もいわれず合法的に領土を略奪できる打合せをしたというのが真相ではないでしょうか。もし、当時共産主義思想を理想の思想だと信じて加担したスパイたちは、その後の共産主義国崩壊とこの思想によって計り知れないほどの多くの人々が犠牲になったこの思想の現状を見てそれでも果たして加担するだろうかという疑問が残ります。改めて当時の共産主義思想という妄想思想に囚われた強い絆に脅威を感じます。共産主義思想とはねずみ講のようなものである
引用:
■ヤルタ会談前後における一般人犠牲者の比較(45万人)
・ヤルタ会談前(1944年10月下旬~1945年2月11日)
犠牲者数:約3万人(7%) 初期のB-29による北九州・東京への偵察・高高度精密爆撃、近海での輸送船沈没(対馬丸など)

・ヤルタ会談後(1945年2月12日~1945年8月)
犠牲者数:約42万人(93%) 東京大空襲をはじめとする全国都市への無差別焼夷弾爆撃、沖縄地上戦、広島・長崎の原爆投下

ヤルタ会談とは悪魔の契約
さて、アメリカはヤルタ会談直前に日本に対して一般人を標的に殺戮(テロ攻撃)を行う方針を決定しています。この引用からも分かるように、ヤルタ会談によって日本へのテロ攻撃をさらに加速したと考えられます。その中の1つに原爆が含まれます。相手(敵)国の制空権・制海権を取得することは最近のアメリカとイランの戦争を見ても分かる通り、自由に相手国に対してほぼリスクなく攻撃ができるという状態を示しています。このような状況で本来アメリカが原爆を日本に落とす必要性はありません。

また、ヤルタ会談によってソ連は日ソ中立条約の有効期間であるにも関わらず、宣戦布告を1945年8月8日の午後11時(満州時間)にソ連の佐藤尚武駐日大使に告げています、その1時間後、8月9日0時(満州時間)に攻撃を開始しました。しかも、ソ連側は日本側へ通達するための通信回線を遮断していました。この宣戦布告は単なる形だけのもので奇襲、騙し打ち以外の何物でもありません。さらにこの攻撃は何の落ち度もない民間人をも含めたテロ攻撃だったのです。

しかし、アメリカはソ連のこの日本への奇襲テロ攻撃を一切非難をすることはありませんでした。アメリカは開戦時日本の真珠湾攻撃を奇襲あるいは騙し打ちと非難しましたが、その攻撃はあくまでも軍事施設を狙ったものでテロ攻撃ではありませんでした。しかし、このヤルタ会談によってアメリカもソ連も日本に対してテロ攻撃をすることを加速した、あるいはそれが常識(あたりまえ)になっていたということになります。そして結果的にはソ連のスパイによってアメリカの情報はソ連に筒抜けとなり共産主義国であるソ連が一人勝ちするための悪魔の取り決めをする会談となったのです。

弱肉強食の考えを持つソ連
ソ連は弱肉強食という考えを強く持っています。条約などは関係なく相手が不利な立場になったところを攻めるという戦略です。ところが日本の千島列島を攻略する際に武装放棄したはずの日本軍に激しい抵抗に遭い相当の犠牲者を出したのです。その為、当時ソ連のスターリンは戦争犯罪者として日本の軍人樋口季一郎中将の引き渡しを要求しました。しかし、彼が戦時中に多くのユダヤ人を救った(オトポール事件等)功績から、世界ユダヤ人会議の要請を受けたアメリカがこの要求を拒否しました。もし、なんの抵抗せずにソ連の侵攻を許していたならば今頃北海道はソ連領となっていたかもしれません。

ソ連の意志を引き継いだロシア
この弱肉強食という考えはソ連を引き継いだロシアにも引き継がれています。その実例としてウクライナが1994年のブダペスト覚書によって核を手放した後にクリミア半島をはじめ領土侵攻を行っています。さらにはウクライナとの戦争中にもかかわらず他国に侵略されないように示威行動をしています。例えば、日本の津軽海峡を幾度となく軍艦で通過したり、最近では初めてプーチン大統領が択捉島に足を踏み入れたり日本に対しての明らかに戦時でも弱みを見せないようにけん制していることが分かります。またNATOに対しての脅威から傘下のリトアニア(ロシアの強力な飛び地の軍事拠点であるカリーニングラードと、親露国家ベラルーシに挟まれています)にもドローンなどの威嚇攻撃を行いNATOの体制を崩そうと策略しています。

このような国が国連の常任理事国として君臨し自国に不利な決断には拒否権を発動し、形だけの平和を標榜し機能不全になっている国連組織の信頼性は低いと考えるのが一般的です。ところが日本ではオールドメディアをはじめ、この国連をまるで神のように崇め、全てが正しいと疑うことはありません。しかし、最も危惧することは平和というものを損なう共産主義思想が形を変え浸透していくことです。

共産主義思想の浸透(思想兵器としての脅威)
現在、反共産主義の意識が非常に強いアメリカにおいてもこの思想は形を変えて、共産主義思想を土台とする平和、平等など誰も反対できないような言葉を掲げて活動しています。その割合は意外なことに日本人よりもアメリカ人の割合が多いのです。例えば、環境問題、移民問題、ジェンダー平等などがあります。

特にアメリカのバイデン政権(2021年~2025年)では、伝統よりも選挙時の自分の票獲得に動き、このような団体の主張、難民の受け入れを全面的に受け入れてきました。バイデン政権時アメリカはG7等で欧州が大量の移民・難民流入による治安悪化や社会保障の逼迫、社会の分断に直面している現実を認識しつつも日本に対して移民の要求を突きつけています。同様にジェンダー問題においても日本に法律の制定を岸田首相に圧力をかけました。本来であれば、日本の首相はアメリカの圧力に屈せず、日本の現状を主張し、理解させるべきでした。

このように日本はアメリカの政権の影響をもろに受けているというのが現状です。この構図は、日本が戦争に至った時のようにソ連のスパイがアメリカを誘導し日本に無理な要求を行う構図とよく似ています。つまりアメリカが共産主義思想を土台とする活動家によってアメリカ本来の伝統を無視しとんでもない方向に誘導され、日本がその影響を受けているということです。

最も顕著なのがLGBT法案が成立される前にラーム・エマニュエル駐日米大使は、2023年のLGBT理解増進法案の審議・成立過程において、SNSやビデオメッセージなどを通じて日本政府に早期の法整備を強く促すなど、積極的な関与を行いました。アメリカの政治家が日本で旗振りをしていたことになります。これなどは明らかに越権行為です。

このようなアメリカの関与に対して日本は毅然とした姿勢で臨み、土台をしっかりと持ちその土台を理解させるための努力を行うことが重要なのではないでしょうか。同じ民主主義の国という立場であれば可能です。相手の理解を得る行動を取るべきです。現実問題として、このまま共産主義思想の誘導が進めば国内は分断し、戦争の火種となる可能性があります。改めて共産主義思想とは一種のテロ思想兵器であると考えられます。
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