日本の活動家の原点となった黒塗りの教科書
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投稿日時 2026/8/1 20:36 | 最終変更
タツ
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2026年3月16日、沖縄県名護市の辺野古沖で、平和学習と称した修学旅行中の同志社国際高校の生徒を乗せた辺野古基地反対派(ヘリ基地反対協議会)の小型船2隻が転覆し、女子生徒と船長の2名が溺死しました。活動家が絡んだ事故(事件)として大きな波紋を呼んでいます。
日本における活動家の多くは反日と、天皇制の廃止を掲げています。その思想的ルーツは共産主義思想にあり、このヘリ基地反対協議会の活動家もその1つです。中国、北朝鮮との関係があるのも特徴です。
共産主義思想とは妄想思想
現在の活動家の思想は共産主義思想が根底となっています。過去の歴史から現代にいたるまで共産主義思想によって国が持続可能で豊かに繁栄することはないということが証明されています。ソ連や東ドイツといった共産主義陣営も次々と崩壊し、現在でも世界中で共産主義国家として豊かで持続可能な国家は存在しません。人によっては共産主義国家として成功した国として中国を挙げるかもしれませんが、経済格差も大きく現実は経済が持続不可能な国になっています。
今となっては共産主義思想は妄想思想です。最も大きな欠陥は人間の感情を計算に入れていないからです。例えば富の配分をする際、その金と権力を握ったものは決して離しません。これが人間の感情なのです。さらに、国家のための人民であり、人民のための国家ではないということです。つまり国家のためには人権などは軽視されます。
例えば、戦後においても、カンボジアポルポト政権による人民の大虐殺(人口の1/4が犠牲になったとされています)、中国の毛沢東による大躍進政策、文化大革命 ソ連スターリンの虐殺等々多くの国民が犠牲になっている過去の事例が物語っています。( 共産主義は社会のための人民 ) また、民主主義社会では制度に対する批判をすることはできますが、実態として共産主義社会では制度に対する批判さえも一切できないのが特徴です。
では、日本において、このような共産主義思想を主体とする活動家の土台がいつからどのようにして形成され、どのようにして引き継がれて行ったのかを考察してみました。
日本において戦前(1945年以前、特に昭和期)では共産主義思想は国家権力によって法的に厳しく制限され、徹底的に取り締まられていました。従って、今のように広がることはありませんでした。
戦後このような活動家が支持を集め、勢力を持った背景には次のような要因が考えられます。
1.子供の社会への不信感
GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が日本に到着し、1945年(昭和20年)8月30日に占領政策を開始しました。この時一番ショックを受けたのは国民の中でもとりわけ子供たちだと考えられます。夏休みが終了し、学校へ行くと教科書が黒塗り(伝統や天皇の記述)にされ、教えていることが180度変わったのです。この状況できっと教師と国に対して大きな不信感を抱いたのは間違いありません。実際にこの頃に小学生だった子供がその後活動家として大きな役割を果しています。
2.メディアの不信感
当時テレビという媒体はなく、ラジオ、新聞という媒体が世論に大きな影響を与えたと考えられます。このメディアは当時の政府の意向もあり日本が不利な状況だという報道をそれまでに行っていなかったため、敗戦の知らせは国民にとって寝耳に水であり大きなショックとともに国への不信感を抱いたことは言うまでもありません。
3.共産主義思想の拡大
1945年10月4日GHQは拘留されていた政治犯である共産主義者を釈放しました。しかしながら1950年6月6日、共産党幹部らの公職追放(レッド・パージ)を指令し拘禁や排除を行っています。この時共産主義者はその正体を隠し社会に深く潜りこんだものと考えられます。この間に共産主義者はその理想(現時点では妄想)を掲げ、世の中に絶望している多くの国民に大きな影響と賛同を得たと考えられます。
4.日教組の反日教育
1947年6月、日教組が設立され、戦争の全ての責任は国にあり、国家を否定、天皇制の否定を訴えた日教組は共産主義思想と共通する点が多く、日教組は共産党とは違うというもののその趣旨は同じです。その後日教組は日本社会党(現社民党)という政治団体を設立し、教育の人事権でも大きな力を持ち反日教育に大きな役割を果したのです。その教育は現在も受け継がれています。それが新たな共産主義者を育んでいるといっても過言ではありません。
5.国の荒廃
敗戦後、法と秩序が守られず荒廃した時期がGHQが駐留したうちの五年間です。銀行強盗をはじめ違法行為が目立っています。朝鮮人による仲間の収監を力づくで解放した事例も見受けられます。これが後になって法律よりも自分たちの正義が優先し、暴力も否定しないという考えに至った要因です。また、この時に共産主義者は朝鮮人と共闘していたのです。
活動家の原点
戦後直後の小学生は、このような環境の中で黒塗りの教科書に大きなショックを受け、さらには日教組の反日教育によって共産主義思想を盲信して行ったと考えられます。ある意味、このような環境では当然の帰結かもしれません。彼らが共産主義思想に盲信する中で導き出した答えは、「弱者に対する大きな力に対する抵抗」であり、これが革命であり、絶対正義だと定義したのです。この定義は現在の活動家にも引き継がれています。さらには絶対正義の為には犠牲も容認し、暴力も辞さないという考えに至ったのです。
彼らの中にはパレスチナ現地で映画を作るということまでやってのけています。これこそ絵にかいたような「弱者に対する大きな力に対する抵抗」だったのです。後に彼らを介することで日本赤軍はパレスチナ解放人民戦線(PFLP)と共闘し、テルアビブ空港乱射事件に発展したのです。
衰退と現実的な論理破綻
活動家の原点である彼らはソ連、東ドイツと共産主義思想が次々と破綻していく現実から目を背け、それでも共産主義思想を諦めることはなく、絶対正義である「弱者に対する大きな力に対する抵抗」を貫き引き継いでいったのです。
共産主義思想を盲信する活動家は、共産主義の国である中国(チベット、ウイグルへの弾圧)、北朝鮮の現状を詳細に把握しているはずにもかかわらず声を挙げることはしませんでした。なぜなら自分たちの思想を否定することになるからです。
例えば現実として次のようなことが発生しています。
1.よど号ハイジャック事件
1970年3月31日に、赤軍派のメンバー9人が、乗客・乗員129人を乗せた羽田発板付(福岡)行きの日本航空351便を乗っ取り、北朝鮮に亡命した事件です。共産主義思想を盲信する彼らにとって北朝鮮の「北の楽園」とされる場所は理想の場所であったに違いありません。しかしながら、活動家の原点である彼らの手引きで「よど号」をハイジャックし亡命に成功したものの、実行した者にとっては青天の霹靂であったのです。現実とは程遠く、身分も最低ランクで自由をも奪われ、亡命したものにとっては「北の地獄」だったのです。活動家の原点であった彼らにとっても受け入れられない現実だったに違いありません。にも関らず北朝鮮との関係を断ち切らなかったのは自分たちの思想(共産主義思想の国として)を優先したからです。
つまり、結果的には、活動家の原点である彼らに唆されて北朝鮮に亡命した者達は彼らに見捨てられ思想の犠牲者となったのです。彼らの目論見は完全に破綻しました。
2.テルアビブ空港乱射事件
1972年5月30日にイスラエルの現・ベングリオン国際空港で発生した日本赤軍メンバー3人による銃乱射テロ事件がありました。なんの落ち度もない民間人24~26人が死亡し、約80人以上が重軽傷を負いました。これはまさに、活動家の絶対正義である「弱者に対する大きな力に対する抵抗」(弱者=パレスチナ、大きな権力=イスラエル)という構図の1つだと考えられます。しかしながら、日本では批判されるだけの行動で活動家以外は誰も賞賛することはありませんでした。
3.あさま山荘事件
1972年2月、連合赤軍の残党が長野県の山荘に人質をとって立てこもった事件です。警察官と民間人、赤軍仲間12人が集団リンチで犠牲となっています。これも共産主義思想による犠牲者です。
因みに旧ソ連が日本共産党だけでなく日本社会党にも秘密裏に資金援助を行っていた、あるいは資金獲得を便宜していた実態は、1991年のソ連崩壊後に開示されたロシア公文書やKGB(国家保安委員会)の工作員による証言などから明らかにされています。この資金が一部間接的に1960年、1970年安保反対の大規模な学生デモの資金に流れた可能性は十分にあります。
確かに戦後直後の小学生が戦後の混乱の中で共産主義思想に盲信していくということは理解できます。さらに、その先に「弱者に対する大きな力に対する抵抗」という絶対定義も理解できます。しかしながら、共産主義国が破綻していく最中その現実を認めないことには違和感を感じます。また、弱者という定義の中には善良な市民ということが絶対条件です。その弱者がテロ集団であれば絶対正義も成立しません。また、共産主義国で行われている弱者に対する弾圧に背を向けることも一般人には到底理解できないでしょう。
共産主義思想活動家と日教組の矛盾
・アイヌと琉球
活動家は北海道(アイヌ)と沖縄(琉球)の少数民族の弾圧ということを国連にも訴えています。アイヌ民族と琉球民族が、生物学的・遺伝学的に日本列島の人々と深い共通の起源を持っていることは、近年の現代ゲノム解析や古代DNA研究(集団遺伝学)によって科学的に立証されています。つまり、日本人の祖先である縄文人のDNAを受け継いでいるのです。日本は弥生時代に北海道と沖縄では稲作ができなかったため本土とは違う文化が発達しました。先住民などではなく同じルーツ(縄文)を持ちながら、独自の歴史的経緯で異なる文化圏を形成しただけなのです。この独特な文化というものは大切に守られるべきものですが、少なくとも我々の税金をこの種の利権に使われるべきではありません。
・日本共産党
さらに、日本共産党は兵器を全て無くして、軍隊も全て排除すれば平和になると考えています。その為の活動も見受けられます。ウクライナにおいては国際社会がウクライナに侵攻しないという約束で核を手放しました。その後ロシアに侵攻されました。これを見て核を持っている国が核を手放すようなことをするはずがありません。いくら日本が全ての軍備を廃棄したとしても平和を手に入れることはできません、単に侵攻が容易になるだけの話です。現実的に考えれば、侵攻されるようなことになれば、最も大切な国民の意志に関係なく、何の抵抗もなく日本の法律は無効化され、その国の制度に変換されるのです。これが平和と言えるのでしょうか。論理が破綻しています。日本共産党の主張は95%受け入れられませんが、残りの5%は非常にまともなことを主張します。これが大切なのではないでしょうか。
・天皇制
天皇制について、その昔、同じ人間なのになぜ税金で養われているのかという不平等を訴えることがありました。これだけを聞けば確かにそうだと感じる人も多かったと思います。ではなぜ一般人と違い特別なのか、それは2,600年間男系男子として万世一系という伝統があるから特別なのです。本当かどうかは分かりませんが、家系を辿っていくと神に辿り着くということです。これは日本における2600年を越える古の時代からの伝統であり、世界のどこを探しても存在しない世界最古の伝統なのです。これが天皇制を理解した上で日本人の意志によってこの男系男子の伝統が幕を閉じられるのであればそれは仕方のないことだと思います。しかし、この伝統の歴史から見れば最近できたような国連の勧告、共産主義思想、あるいは日教組の意志、工作によって幕が閉じられるのであればこれほど馬鹿げた話はありません。特に国連は日本の伝統にもっと理解と敬意を持つべきだと考えます。
共産主義思想と日教組がこの天皇制に反対する根拠は、共産主義思想においては生まれながらにして特別な特権や権威を持つ「皇室」という存在は、階級格差の最たる象徴であり、思想の根底から否定される対象となっているのです。また、日教組においてはそもそも天皇制自体に拒否感を持ち、この伝統としての背景教育を拒否していた経緯があります。従って、冒頭のような問いに対して何の知識もなく同意する人が多いのはこのような背景からなのです。日教組は子供たちに天皇制の伝統すらも教えずして天皇制を否定するやり方はアンフェアーだと思います。
さて、戦後、多くの支持を得た共産党、日教組を支持母体とした日本社会党(現社民党)は現在多くの支持を失っています。既に共産主義を主体とする活動家の思想は破綻し、一般人から支持されなくなりました。どういう思想を持とうが個人の自由です。しかしながらその思想によって犠牲者が出るのであればそれは容認することはできません。
日教組の教育が後押ししたこの活動家の思想は既に日本の社会(政治家、メディア、弁護士、大学の教授等々)に深く浸透してます。ただ、一般人の考えとは乖離していることははっきりしています。オールドメディアだけの情報だった時代から、オールドメディアとは違うインターネットの情報が発信されるようになり、戦後80年、この辺野古の事件をきっかけに一般人の考えがようやく反映されてきたように思えます。
日本における活動家の多くは反日と、天皇制の廃止を掲げています。その思想的ルーツは共産主義思想にあり、このヘリ基地反対協議会の活動家もその1つです。中国、北朝鮮との関係があるのも特徴です。
共産主義思想とは妄想思想
現在の活動家の思想は共産主義思想が根底となっています。過去の歴史から現代にいたるまで共産主義思想によって国が持続可能で豊かに繁栄することはないということが証明されています。ソ連や東ドイツといった共産主義陣営も次々と崩壊し、現在でも世界中で共産主義国家として豊かで持続可能な国家は存在しません。人によっては共産主義国家として成功した国として中国を挙げるかもしれませんが、経済格差も大きく現実は経済が持続不可能な国になっています。
今となっては共産主義思想は妄想思想です。最も大きな欠陥は人間の感情を計算に入れていないからです。例えば富の配分をする際、その金と権力を握ったものは決して離しません。これが人間の感情なのです。さらに、国家のための人民であり、人民のための国家ではないということです。つまり国家のためには人権などは軽視されます。
例えば、戦後においても、カンボジアポルポト政権による人民の大虐殺(人口の1/4が犠牲になったとされています)、中国の毛沢東による大躍進政策、文化大革命 ソ連スターリンの虐殺等々多くの国民が犠牲になっている過去の事例が物語っています。( 共産主義は社会のための人民 ) また、民主主義社会では制度に対する批判をすることはできますが、実態として共産主義社会では制度に対する批判さえも一切できないのが特徴です。
では、日本において、このような共産主義思想を主体とする活動家の土台がいつからどのようにして形成され、どのようにして引き継がれて行ったのかを考察してみました。
日本において戦前(1945年以前、特に昭和期)では共産主義思想は国家権力によって法的に厳しく制限され、徹底的に取り締まられていました。従って、今のように広がることはありませんでした。
戦後このような活動家が支持を集め、勢力を持った背景には次のような要因が考えられます。
1.子供の社会への不信感
GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が日本に到着し、1945年(昭和20年)8月30日に占領政策を開始しました。この時一番ショックを受けたのは国民の中でもとりわけ子供たちだと考えられます。夏休みが終了し、学校へ行くと教科書が黒塗り(伝統や天皇の記述)にされ、教えていることが180度変わったのです。この状況できっと教師と国に対して大きな不信感を抱いたのは間違いありません。実際にこの頃に小学生だった子供がその後活動家として大きな役割を果しています。
2.メディアの不信感
当時テレビという媒体はなく、ラジオ、新聞という媒体が世論に大きな影響を与えたと考えられます。このメディアは当時の政府の意向もあり日本が不利な状況だという報道をそれまでに行っていなかったため、敗戦の知らせは国民にとって寝耳に水であり大きなショックとともに国への不信感を抱いたことは言うまでもありません。
3.共産主義思想の拡大
1945年10月4日GHQは拘留されていた政治犯である共産主義者を釈放しました。しかしながら1950年6月6日、共産党幹部らの公職追放(レッド・パージ)を指令し拘禁や排除を行っています。この時共産主義者はその正体を隠し社会に深く潜りこんだものと考えられます。この間に共産主義者はその理想(現時点では妄想)を掲げ、世の中に絶望している多くの国民に大きな影響と賛同を得たと考えられます。
4.日教組の反日教育
1947年6月、日教組が設立され、戦争の全ての責任は国にあり、国家を否定、天皇制の否定を訴えた日教組は共産主義思想と共通する点が多く、日教組は共産党とは違うというもののその趣旨は同じです。その後日教組は日本社会党(現社民党)という政治団体を設立し、教育の人事権でも大きな力を持ち反日教育に大きな役割を果したのです。その教育は現在も受け継がれています。それが新たな共産主義者を育んでいるといっても過言ではありません。
5.国の荒廃
敗戦後、法と秩序が守られず荒廃した時期がGHQが駐留したうちの五年間です。銀行強盗をはじめ違法行為が目立っています。朝鮮人による仲間の収監を力づくで解放した事例も見受けられます。これが後になって法律よりも自分たちの正義が優先し、暴力も否定しないという考えに至った要因です。また、この時に共産主義者は朝鮮人と共闘していたのです。
活動家の原点
戦後直後の小学生は、このような環境の中で黒塗りの教科書に大きなショックを受け、さらには日教組の反日教育によって共産主義思想を盲信して行ったと考えられます。ある意味、このような環境では当然の帰結かもしれません。彼らが共産主義思想に盲信する中で導き出した答えは、「弱者に対する大きな力に対する抵抗」であり、これが革命であり、絶対正義だと定義したのです。この定義は現在の活動家にも引き継がれています。さらには絶対正義の為には犠牲も容認し、暴力も辞さないという考えに至ったのです。
彼らの中にはパレスチナ現地で映画を作るということまでやってのけています。これこそ絵にかいたような「弱者に対する大きな力に対する抵抗」だったのです。後に彼らを介することで日本赤軍はパレスチナ解放人民戦線(PFLP)と共闘し、テルアビブ空港乱射事件に発展したのです。
衰退と現実的な論理破綻
活動家の原点である彼らはソ連、東ドイツと共産主義思想が次々と破綻していく現実から目を背け、それでも共産主義思想を諦めることはなく、絶対正義である「弱者に対する大きな力に対する抵抗」を貫き引き継いでいったのです。
共産主義思想を盲信する活動家は、共産主義の国である中国(チベット、ウイグルへの弾圧)、北朝鮮の現状を詳細に把握しているはずにもかかわらず声を挙げることはしませんでした。なぜなら自分たちの思想を否定することになるからです。
例えば現実として次のようなことが発生しています。
1.よど号ハイジャック事件
1970年3月31日に、赤軍派のメンバー9人が、乗客・乗員129人を乗せた羽田発板付(福岡)行きの日本航空351便を乗っ取り、北朝鮮に亡命した事件です。共産主義思想を盲信する彼らにとって北朝鮮の「北の楽園」とされる場所は理想の場所であったに違いありません。しかしながら、活動家の原点である彼らの手引きで「よど号」をハイジャックし亡命に成功したものの、実行した者にとっては青天の霹靂であったのです。現実とは程遠く、身分も最低ランクで自由をも奪われ、亡命したものにとっては「北の地獄」だったのです。活動家の原点であった彼らにとっても受け入れられない現実だったに違いありません。にも関らず北朝鮮との関係を断ち切らなかったのは自分たちの思想(共産主義思想の国として)を優先したからです。
つまり、結果的には、活動家の原点である彼らに唆されて北朝鮮に亡命した者達は彼らに見捨てられ思想の犠牲者となったのです。彼らの目論見は完全に破綻しました。
2.テルアビブ空港乱射事件
1972年5月30日にイスラエルの現・ベングリオン国際空港で発生した日本赤軍メンバー3人による銃乱射テロ事件がありました。なんの落ち度もない民間人24~26人が死亡し、約80人以上が重軽傷を負いました。これはまさに、活動家の絶対正義である「弱者に対する大きな力に対する抵抗」(弱者=パレスチナ、大きな権力=イスラエル)という構図の1つだと考えられます。しかしながら、日本では批判されるだけの行動で活動家以外は誰も賞賛することはありませんでした。
3.あさま山荘事件
1972年2月、連合赤軍の残党が長野県の山荘に人質をとって立てこもった事件です。警察官と民間人、赤軍仲間12人が集団リンチで犠牲となっています。これも共産主義思想による犠牲者です。
因みに旧ソ連が日本共産党だけでなく日本社会党にも秘密裏に資金援助を行っていた、あるいは資金獲得を便宜していた実態は、1991年のソ連崩壊後に開示されたロシア公文書やKGB(国家保安委員会)の工作員による証言などから明らかにされています。この資金が一部間接的に1960年、1970年安保反対の大規模な学生デモの資金に流れた可能性は十分にあります。
確かに戦後直後の小学生が戦後の混乱の中で共産主義思想に盲信していくということは理解できます。さらに、その先に「弱者に対する大きな力に対する抵抗」という絶対定義も理解できます。しかしながら、共産主義国が破綻していく最中その現実を認めないことには違和感を感じます。また、弱者という定義の中には善良な市民ということが絶対条件です。その弱者がテロ集団であれば絶対正義も成立しません。また、共産主義国で行われている弱者に対する弾圧に背を向けることも一般人には到底理解できないでしょう。
共産主義思想活動家と日教組の矛盾
・アイヌと琉球
活動家は北海道(アイヌ)と沖縄(琉球)の少数民族の弾圧ということを国連にも訴えています。アイヌ民族と琉球民族が、生物学的・遺伝学的に日本列島の人々と深い共通の起源を持っていることは、近年の現代ゲノム解析や古代DNA研究(集団遺伝学)によって科学的に立証されています。つまり、日本人の祖先である縄文人のDNAを受け継いでいるのです。日本は弥生時代に北海道と沖縄では稲作ができなかったため本土とは違う文化が発達しました。先住民などではなく同じルーツ(縄文)を持ちながら、独自の歴史的経緯で異なる文化圏を形成しただけなのです。この独特な文化というものは大切に守られるべきものですが、少なくとも我々の税金をこの種の利権に使われるべきではありません。
・日本共産党
さらに、日本共産党は兵器を全て無くして、軍隊も全て排除すれば平和になると考えています。その為の活動も見受けられます。ウクライナにおいては国際社会がウクライナに侵攻しないという約束で核を手放しました。その後ロシアに侵攻されました。これを見て核を持っている国が核を手放すようなことをするはずがありません。いくら日本が全ての軍備を廃棄したとしても平和を手に入れることはできません、単に侵攻が容易になるだけの話です。現実的に考えれば、侵攻されるようなことになれば、最も大切な国民の意志に関係なく、何の抵抗もなく日本の法律は無効化され、その国の制度に変換されるのです。これが平和と言えるのでしょうか。論理が破綻しています。日本共産党の主張は95%受け入れられませんが、残りの5%は非常にまともなことを主張します。これが大切なのではないでしょうか。
・天皇制
天皇制について、その昔、同じ人間なのになぜ税金で養われているのかという不平等を訴えることがありました。これだけを聞けば確かにそうだと感じる人も多かったと思います。ではなぜ一般人と違い特別なのか、それは2,600年間男系男子として万世一系という伝統があるから特別なのです。本当かどうかは分かりませんが、家系を辿っていくと神に辿り着くということです。これは日本における2600年を越える古の時代からの伝統であり、世界のどこを探しても存在しない世界最古の伝統なのです。これが天皇制を理解した上で日本人の意志によってこの男系男子の伝統が幕を閉じられるのであればそれは仕方のないことだと思います。しかし、この伝統の歴史から見れば最近できたような国連の勧告、共産主義思想、あるいは日教組の意志、工作によって幕が閉じられるのであればこれほど馬鹿げた話はありません。特に国連は日本の伝統にもっと理解と敬意を持つべきだと考えます。
共産主義思想と日教組がこの天皇制に反対する根拠は、共産主義思想においては生まれながらにして特別な特権や権威を持つ「皇室」という存在は、階級格差の最たる象徴であり、思想の根底から否定される対象となっているのです。また、日教組においてはそもそも天皇制自体に拒否感を持ち、この伝統としての背景教育を拒否していた経緯があります。従って、冒頭のような問いに対して何の知識もなく同意する人が多いのはこのような背景からなのです。日教組は子供たちに天皇制の伝統すらも教えずして天皇制を否定するやり方はアンフェアーだと思います。
さて、戦後、多くの支持を得た共産党、日教組を支持母体とした日本社会党(現社民党)は現在多くの支持を失っています。既に共産主義を主体とする活動家の思想は破綻し、一般人から支持されなくなりました。どういう思想を持とうが個人の自由です。しかしながらその思想によって犠牲者が出るのであればそれは容認することはできません。
日教組の教育が後押ししたこの活動家の思想は既に日本の社会(政治家、メディア、弁護士、大学の教授等々)に深く浸透してます。ただ、一般人の考えとは乖離していることははっきりしています。オールドメディアだけの情報だった時代から、オールドメディアとは違うインターネットの情報が発信されるようになり、戦後80年、この辺野古の事件をきっかけに一般人の考えがようやく反映されてきたように思えます。
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日本の活動家の原点となった黒塗りの教科書
(タツ, 2026/8/1 20:36)
