本当の天岩戸とはどこか?

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なし 本当の天岩戸とはどこか?

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2021/2/1 8:00 | 最終変更
タツ  管理人   投稿数: 2150
日本神話
古事記では弟の須佐之男の命の乱暴が原因で天照大神が岩戸に籠り、闇となったという天岩戸にまつわる日本神話があります。
引用:
天岩戸 -Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%B2%A9%E6%88%B8
天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。岩戸神楽ノ起顕(三代豊国)これを聞いた天照大御神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。天宇受賣命が「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と布刀玉命が天照大御神に鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大御神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神がその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。すぐに布刀玉命が注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」といった。こうして天照大御神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった。

それではこの岩戸とされるのは一体どこなのでしょうかという疑問が湧いてきました。国内にはこの天岩戸とされる場所が下記のように複数あります。

 

天岩戸の場所の特定

引用:
天岩戸 -Wikipedia
天の岩戸
・滋賀県米原市弥高 - 平野神社。
・京都府福知山市大江町 - 皇大神宮(元伊勢内宮)、岩戸神社。
・滋賀県高島市 白鬚神社 - 岩戸社。
・奈良県橿原市 「天岩戸神社」 - 天香久山の南麓。
・三重県伊勢市 伊勢神宮外宮 - 「高倉山古墳」。昭和時代に入山が禁止された。
・三重県伊勢市二見町二見興玉神社 - 「天の岩屋」
・三重県志摩市磯部町恵利原 - 恵利原の水穴
・岐阜県各務原市「手力雄神社」「史跡めぐり」
・兵庫県洲本市安乎町 - 岩戸川の河口北。
・兵庫県洲本市先山 - 岩戸神社。
・岡山県真庭市蒜山 - 茅部神社の山の上方。
・徳島県美馬郡つるぎ町 - 天の岩戸神社の神域にある。
・山口県山口市秋穂二島岩屋 - 塩作りの海人の在住地、防府市の玉祖命の神社に近い。
・宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸 - 天岩戸神社の神域にある。同神社西本宮の背後、岩戸川を挟んだ対岸の岸壁にあり、社務所に申し込めば案内付きで遥拝所へ通してくれる。周辺には天安河原など、日本神話、特に岩戸隠れ神話にまつわる地名が多く存在する。
・沖縄県島尻郡伊平屋村「クマヤ洞窟」 - 全国に数多ある「天の岩戸伝説」の中で最南端地。
・岐阜県高山市 - 位山。


これを元にGoogleMapで1つ1つ調べてみました。1か所だけ良くわからなかった場所が山口県の玉祖命の神社の近くにあるという天岩戸でしたが、多分「玉岩屋」というところではないでしょうか。
引用:
やまぐちビューなび
http://y-view-navi.jp/spot/0023.html
周防一の宮の玉祖神社。玉岩屋は玉祖命(たまのいわやのみこと)のお墓。 玉祖命とは、天岩戸(あまのいわと)開きのおり、三種の神器のひとつの八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を造ったとされ、玉造部の祖神である。邇邇芸命(ににぎのみこと)の降臨に従った五神の1柱。眼鏡・カメラ・時計・宝石などの守護神とされている。

あと、三重県「高倉山古墳」については入山禁止の為よくわかりませんでした。
ソロツーリングで行ったことがある場所で宮崎県高千穂にある天岩戸神社で有料ながらも拝見させていただいたことがあります。しかし、その時、岩ではあるものの岩戸という意味ではなんとなく違うような気がした記憶があります。また、滋賀県高島市の白鬚神社の岩戸社は岩を神体にしてはいますが周りが古墳群だったので違うような気がします。もう1つ兵庫県淡路島の先山にある岩戸神社であまり参拝客もなく本当に小さな神社で岩が2枚になっていてなんとなく雰囲気があります。
 

神話の有力な場所

そもそも天照大神は国土創生の神である伊弉諾、伊弉冉の神の子供で女神とされています。そして国土創生として日本で最初に造られたのが淡路島とされています。つまり、淡路島近辺に天岩戸があって然るべしとも想像されます。このことから有力なのは淡路島先山の岩戸神社(ソロツーリングで行った場所の1つ)、兵庫県洲本市安乎町平安浦の「岩戸神社跡」、もともと淡路島は徳島県であった過去もあり、徳島県美馬郡つるぎ町の「天磐戸神社」です。
 

天照大神の背丈は

大神の背丈ですが、日諱貴本紀によると六尺六寸(約2m)とされているようです。ただ、尺度は時代によって違うようです。古代の一番短い尺度で1尺20cmとしても身長が約132cmとなります。でも、この日諱貴本紀って何なのだろう。日本書紀、古事記とはどう違うのでしょうねぇ。どれくらい信憑性があるのかよくわかりません。
引用:
尺-Wikipedia
中国の尺
古代の1尺の長さは正確にはわからないが、出土文物からの推測では、戦国から秦にかけての1尺は23cm前後であった。漢代でもあまり変わらず、23-24cm程度であった。文献によると周の尺はその8割ほどの長さ(約20cm)であった

この天照大神の背丈について神話から想像してみると、洞窟から天照大神が少し岩戸を開けて覗くというくだりで天児屋命と布刀玉命が差し出したとされる八咫鏡は直径約46cmの円形の鏡です。仮に2mもある全身を鏡に映そうとするならばかなり離れていなければなりません。離れすぎると鏡ということがすぐに分ってこの作戦は失敗に終わってしまうでしょう。差し出すという行為も含めて近くで分らないようにこの鏡を利用するのであれば身長は46cm以下でなくてはなりません。すなわち、天照大神の背丈はとても小さかったのではないかと想像されます。ひょっとしたらピーターパンに出てくるティンカーベルのような大きさだったかもしれません。
 

本当の天岩戸は

これに伴い、岩戸自体の大きさも小さかったのではないかと推測されます。これにあてはまる岩戸は淡路島先山の岩戸神社ではないでしょうか。2枚岩の間に子供が入れることのできる穴があり(確認はしていませんが)、さらに岩の前にはちょっとした広場があります。かなり濃厚だと想像してしまいます。

いつか、ソロツーリングでこの神話の有力な場所の1つである徳島県美馬郡つるぎ町の「天磐戸神社」にも行ってみたいですねぇ。


 
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